省略趣味(追記 24.3.19)
文脈を消したいという衝動があって、たとえばBlueskyでの私の投稿、
例1:「すごく重要なトピックだったが、途中三回ぐらい意識が飛びかけた。」
「が、」のせいで文脈になってしまっている。
→「すごく重要なトピックだった。途中三回ぐらい意識が飛びかけた。」
表現が平板になるが、どこかしら可笑しみの味が出てくる。
例2:「メールを書いていたら1時間がすぎた。」の、「たら」を削除してみる。
→「メールを書いた。1時間がすぎた。」分割されて、コマ漫画のようになる。
例3:「一袋で3種そろうのはめずらしい」
→「一袋で3種そろった。めずらしい。」さらに「めずらしい」という追っかけの私的感想も削除する。
→「一袋で3種そろった。」情緒や感情を、完全に読む人にまかせてしまう形。
私の感情を乗せれば共感や不興を得やすくなる。一方、それを排除すれば、ドライな投稿になる。
逆に感情を乗せた例も書いておこう。
→「なんと、一袋で3種そろった! 初めて! やったー!」
これに写真が添えられていたら、思わずいいねを押したくなるのではないか。
・・・
このあと、本来ならば私の感想や考えなどを添え、読者の共感を呼びこむような形でこの記事は完成するはずだ。普通のブログならそうなのだけれど、今回は私見なし、読む人にゆだねてみる。
(以下、追記)似たような表現があれば追記していく。
「ためになる」:何のためになるかは省略されている。読み手に放下している、責任の無さがいい。
「こんにちは」:「は」なので、それに続く言葉が省略されている。自分か相手が、その挨拶を引き継いで話すことがゆるやかに要請されている。