無-力

情緒的コン アフェットに。

裏拍。
「ンタ、ンタ、ンタ、…」の「ン」。
無音から入る。ない・あるの順で、ないに気がつく。
あるいは演奏後の静けさ、その一瞬。『4分33秒』ジョン・ケージも。

余白。
狩野探幽、長谷川等伯、尾形光琳、あのたぐい。茶の湯、花道も。
(私なら小村雪岱。だが雪岱は余白というより「間合い」かな。)

残余。
小川国夫の短編小説。情感がのってきたところでバッサリ終わる。
締めくくりや余韻を味わえるような言句もない。
読み手の感情は、行末から白い空間に放り出されて風邪をひく。

沈黙。
このためのこの記事。
さまざまな沈黙にあって、罪も圧力もなく、心を引き寄せる沈黙。
それは映画の象徴的なシーン。
うんざりしたようにため息をつく同僚(上司ではあるが)に、
「どうかしたの?」とも「よかったら聞かせて」とも言わずに、
彼はただまろやかな眼差しで、少しうなずくだけなのだ。
話すつもりがなかった彼女も一瞬で降参、事情を語り始める。

この場面、沈黙が会話を見事に引き出している。

雨。
「雨が降り出した」という。
そうだろうか?

この雨は、いつか降った「あの雨」が止んでいただけなのだ。
止んでまたその続きが降ってきたのだ。
と、そう考えることはできないだろうか?

「あるからないのではない。
ないからあるのでもない。」
…は、
「あるからないのである。
ないからあるのである。」

そんな、無の引きこむ力、かれる力について。